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長崎大学感染症疫学専門家のレポート

文責                    
熱帯医学・グローバルヘルス研究科 英国拠点
遠藤 彰                 

第1部
【基調講演】
「日本で、世界で何が起きているか検証する」

ジョン・エドモンズ氏
ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院教授

押谷 仁氏
東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授

早期介入の機会を逃した英国 ワクチンと治療薬を武器に感染を許容しながら社会活動の復帰を目指す

ジョン・エドモンズ氏

一つめの基調講演として、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院教授であり、英国緊急時科学諮問員も務めるジョン・エドモンズ教授は英国における過去2年間のCOVID-19流行を振り返っての自身の見解を語り、日本と英国という2つの国がこの2年間の流行において大きく異なった経過を辿っている理由についての議論の手がかりを提示しました。英国のCOVID-19感染後28日以内の死亡者数は第1の波だけでも約4万人を数え、その後2つの波を経て合計16万人以上にも上り、日本と比べて非常に多くの人々が残念なことに亡くなっています。

エドモンズ教授は、英国における2020年初期の流行を引き起こした国外からの感染者流入は中国ではなくイタリア・スペイン・フランスを中心とする欧州各国からのものがほとんどであったという遺伝子分析からの知見を紹介しました。結果として、ロックダウンが実行された2020年3月29日時点で既に何千という感染者が欧州から導入されていたことが判明しましたが、当時は疫学調査体制が不十分であり、また欧州での感染状況の把握が不十分であったことも加わって、欧州からの入国者に対する対応は(中国などアジア圏に対するものに比べ)非常に限られていました。このため英国内での感染の広がりが把握された時点では、既に感染者数が通常の感染対策の強化で対応できる範囲を大きく逸脱しており、流行を強く抑制するためのロックダウンが必要となりました。またこの流行初期において、医療施設等での施設内伝播を防ぐための体制や装備が不足したことや、入院した感染者の退院を急がせたことにより、医療施設や退院先の高齢者施設でのクラスターを誘発してしまったという経験についても語りました。これらの状況は2020年4月から5月にかけて急速に改善し、検査体制やサーベイランスが向上するとともに多くの全国的な研究プロジェクトが発足しました。一方でロックダウン解除以降人々の活動が急激に復帰、また同時期に始まった政府の経済再生政策も手伝って再度流行は増加局面へと移ってしまったと述べました。

2020年終盤に非常に効果的なワクチンが登場して以降、英国の方針は再生産数を1以下に保って厳密に流行を制御するよりも、一定の感染を許容しながらワクチンによって入院者数を抑え、社会的制約を取り払うという方針へと転換していきました。4週間が原則である2回のワクチン接種の間隔を12週間に広げることでより多くの人に1回目のワクチンを届ける大きな決断を行い、これにより特に高齢者などのハイリスク人口へのワクチン接種を他国と比べても早い段階で達成することができました。その後のデルタ・オミクロン株の出現による状況の移り変わりはあったものの、ワクチンや治療薬の開発による防御効果、また特に若年人口で広範囲に生じた自然感染による集団免疫効果により、社会的に許容可能なレベルに流行状況を抑えつつも社会活動を復帰させる見通しが立ちつつある現在の英国の状況について紹介しました。

自発的協力を基本とした日本の流行対策 今後の波への対応模索続く

押谷 仁 氏

もう一つの基調講演において、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会委員などを務める感染症対策専門家でもある押谷仁・東北大学教授(ウイルス学)は英国と同様、初期の輸入症例のうち中国からのものは2020年1月末頃までのごく少数にとどまったものの、2月半ば以降に欧米や東南アジア等の国から数多くの輸入症例が確認され、国内流行へと繋がっていったことに触れました。緊急事態宣言の発令により2020年4月以降感染者の波は一旦抑えられ、医療施設や高齢者施設でのクラスター発生は英国と同様発生したものの、2020年5月までの死亡は欧米各国と比べ極めて低い水準に保たれました。

ただし、これは日本が厳格な封じ込めを目指していたということを必ずしも意味せず、むしろ2020年2月24日に設定されたCOVID-19への対処方針において「可能な限り流行を抑えつつ社会経済活動を可能な限り維持する」という、ある意味で各国が後になって採用した「共存」に近い姿勢を日本が早期から打ち出していたと述べ、この方針の決定にはCOVID-19の特徴的な疫学的性質が影響していたと語りました。近縁のウイルスによって引き起こされる疾患であるSARSに比べてCOVID-19は軽症・無症状の感染が多く、発症前から感染を引き起こすことから厳密な封じ込めは困難であり、一方で大規模クラスターの連鎖によって流行を広げていくという知見が初期から得られていたことが、接触調査や「3密」回避呼びかけなどを中心とする比較的穏健的な流行抑制策の実施につながったとしました。

ワクチン接種に関しては英国と比べて日本での展開は遅く、特に若年層での接種が遅れたことがデルタ株主流の2021年夏の流行において65歳未満の層における死亡が増える結果へとつながりました。一方免疫逃避性の強いオミクロン株による直近の流行の影響は高齢者層にも及んでおり、感染あたりの死亡リスクはこれまでと比べて減少していると思われるものの分母である感染者数がこれまでに比べて極めて多くなっていることを反映し、高齢者を中心に多数の死亡者が発生していると説明しました。高度に高齢化した社会である日本において、高齢者での死亡をどのように防いでいくかが重要な課題であり、まん延防止等重点措置の実施、マスクや3密の回避などを組み合わせた基本的対策を続けている、不確実な状況の中で今後の流行における感染や死亡をどのように減らしていくか今後の方針が模索されているところである、と話しました。

水際対策や接触者追跡で日英対応異なる 文化的背景も含めた要因の議論へ

シュンメイ・ユン氏

基調講演後の質問回答の中で、特に日英での流行規模を分けた要因として押谷教授は日本において医療へのアクセスと初期の感染者の特定がうまく行ったこと、また人々の感染対策への協力姿勢の高さを挙げました。エドモンズ教授は水際対策や入国制限の厳格さの違いや、初期の感染規模の違いによって接触追跡の実効性や内容が日英で異なったことを挙げ、さらに日本では3密に代表されるわかりやすいメッセージが一貫して伝えられていたことが大きかったのではないかと述べました。これに関連して、座長を務めたロンドン大学のシュンメイ・ユン教授は、「政策や戦略の違いに加えて、文化的・社会行動的要因の違いが流行に与えた影響も気になるところだ」とコメントし、もう一人の座長・有吉教授は「流行の最初期に英国において多くの感染者の流入があったということが日本の状況と異なる大きな要因であったと気づいた」とまとめました。

【講演】

WHOの視点

キム・マルホランド氏
メルボルン大学教授

日本の公衆衛生

今中 雄一氏
京都大学大学院社会健康医学系専攻長、医療経済学分野教授

フィリピンの病院から報告

リア・サヨ氏(マニラ)
フィリピンの国立感染症専門病院 サンラザロ病院医師

このセッションでは、豪メルボルン大学のキム・マルホランド教授(WHO新型コロナワクチン諮問委員)、今中雄一京都大学大学院教授、フィリピンの国立感染症専門病院であるサンラザロ病院のリア・サヨ医師の3名による講演が行われました。

COVID-19ワクチンとWHO

キム・マルホランド氏

マルホランド教授は、ワクチンの普及によりパンデミックの危機が去ったかのよう振る舞う一部の国々とは裏腹に、国際社会は今なお危機的な状況にあり、多くの国と地域が重大な現実に直面している、国際的な健康格差はパンデミックによってますます広がっており、WHOはワクチンを含む様々なパンデミック中の課題について重要な役割を果たし続けている、と述べました。それらの中でもパンデミック下におけるワクチンの緊急使用を進めるための「WHOワクチン緊急使用リスト WHO Emergency Use Listing (EUL) 」や、WHOによる各国に関する流行の現状や今後の対策への助言などの情報提供を含む「WHO COVID-19 Roadmap」などの取り組みについて解説しました。ワクチン分配の格差が依然残る中でワクチン接種の遅れる国での接種をどのように進めていくか、人口内の免疫状態や変異株出現のモニタリング、ブースター接種や小児への接種の戦略など今後の重要課題についても紹介がなされました。

最後にマルホランド教授は現在までのワクチンに関するWHOおよび国際社会の実績に対する個人的評価を以下のように述べました。ワクチン開発については、誰も予想しなかったような速度で高い効果を持つワクチンが開発され、評価はA++。一方でワクチン効果の評価方法については多くが製薬会社の手に委ねられてしまっている問題があり、また評価法の統一や短すぎるフォローアップ期間の問題などがあり、C-評価としました。ワクチン配分はアフリカでの2回接種率が10%を切るなど極めて状況は悪く、評価はD。また今後の世界的なワクチン接種の展開について、十分な展望を描けていないとの厳しい見解を語りました。

パンデミックが日本に与えた影響と今後の災害危機管理のあり方

今中 雄一氏

今中教授は講演の中で、2020年春の日本の緊急事態宣言下において受診控えや待機手術の減少、医療施設の健康保険料収入の著明な悪化が見られ、一方で感染対策の実施と連動するようにCOVID-19以外の感染症や急性冠動脈疾患など特定の疾患の患者数が減少する中でアルコールに関連する肝炎・膵炎は逆に増加するなど、COVID-19流行が様々な形で医療と人々の健康に対し大きな影響を及ぼしていたと説明しました。日本の感染者数は他国と比べてもかなり低い水準に抑えられてきたものの、同様の水準を達成した台湾、韓国などの国と比べて流行初期においては様々な部分で対策の不足が目立ったという見解を示し、日本においては感染対策に対する人々の協力的な姿勢と行動が大きな成功要因であったと語りました。その後2021年後半において感染発生が非常に少ない時期が続き、この期間においては有効な水際対策やサーベイランス、高いワクチン接種率、感染予防の実施などが功を奏していたが、その後ブースター接種の遅れや人々の感染対策への意識の低下などがオミクロン株の登場と重なり2022年始以降の流行拡大へとつながったのではないかと述べました。さらに話題はパンデミック下の経済への影響へと移り、サービス業や食品産業の業績が低迷する中で情報通信や電子機器関連の産業の業績向上が見られたこと、個人消費の観点からは旅行関連の出費が減少する反面アルコール飲料の消費が増加したことなどが示されました。補助金のための政府支出を反映して国債発行額は急激に増加し、一方で経済成長率については、感染抑制に成功しつつもプラス成長を記録した台湾や韓国に対し日本はマイナス成長となっていたと指摘しました。

最後に、今後の危機管理体制の向上を見据えて、既存の危機管理フレームワークに社会経済的影響の考慮も加えたモデルの重要性について述べました。また学術界におけるセクショナリズムの問題や政策実践の場との協力体制を改善することで、危機事態の発生における負の影響を最小限にとどめ、かつ速やかな経済回復を目指す取り組みを進める必要があるとして講演を締めくくりました。

フィリピン・サンラザロ病院からの現場報告

リア・サヨ氏

サヨ医師はサンラザロ病院での自身の経験を中心に、フィリピンにおけるCOVID-19流行の経緯について報告しました。フィリピンは比較的厳しい社会的隔離を長期にわたって継続しており、世界でも類を見ない長期のロックダウンを実施している国です。またマスクの上にさらにフェイスシールドを着用することが義務付けられている数少ない国の一つでもあります。サンラザロ病院は国の熱帯感染症の専門病院として位置付けられた重要な医療拠点であり、COVID-19パンデミック開始直後にフィリピン国内の感染者受け入れ先として指定された3つの医療施設の中に含まれました。これに伴い多くの病床がCOVID-19用病床に切り替えられ、感染防止用の隔壁の導入やトリアージ用隔離テントの設置などのインフラ整備が進められました。マンパワーの確保のための労働時間や内容の調整や通勤および待機環境の整備、職員の心理的サポートの充実といった対応が進み、中国・武漢において感染者の対応にあたった医療チームや国境なき医師団との国際的協力体制も構築されました。こうして診療体制の整備に加えて、国の検査機関として首都圏地域の16の病院やその他施設から送られる検体のPCR検査を取り扱う体制の確立や、長崎大学との共同研究を含む各種COVID-19関連研究プロジェクトの推進など、多岐にわたるアクションが実施されたことが紹介されました。

講演の終わりにサヨ医師からはこの2年間を通じてサンラザロ病院において見られたCOVID-19流行の影響として、流行前の入院患者の多数を占めていた麻疹、デング、結核などの感染症による入院が(サンラザロ病院がCOVID-19の指定医療施設となったことを反映して)2020年以降激減し、COVID-19が主要な入院原因となったこと、病院で働く医療従事者の約半数程度が現在までにCOVID-19に罹患したことなどが報告されました。

第2部
ラウンド・テーブル・ディスカッション

第2部ではシュンメイ・ユン教授、有吉紅也教授の2人の座長の進行により5人のスピーカーによるラウンドテーブルディスカッションが行われました。

流行下におけるリスクコミュニケーションのあり方

 今中氏が講演の中で指摘した日本におけるリスクコミュニケーション・情報共有の不足に関して、押谷氏は「確かにリスクコミュニケーションはパンデミックの直前の2019年に行われたWHOの合同外部評価でも指摘された日本の弱点の一つであり、また多くの国が同様に苦戦している非常に困難な課題の一つである」と答えました。関連して、英国のリスクコミュニケーションに関してエドモンズ氏は、「政府の記者会見において主要な役割を果たした主席医務官のChris Whittyの貢献が大きかった」と述べ、彼を含む少人数の代弁者たちが複雑な問題について非常に簡潔かつ明快なメッセージを一般の人々に発信し続けたことが重要な役割を果たしたと語りました。これに答える形で、今中氏は日本の情報発信について「専門家らが3密をはじめとする人々が予防のために避けるべき条件についてわかりやすい情報を発信したことは日本の感染抑制の成功の鍵となった」と高く評価しました。一方で、将来に向けて国や自治体などの異なるレベルにおいてリスクコミュニケーションのための戦略を整備する必要があると指摘しました。また有吉座長は「日本においては専門家会議の会長を務めた尾身氏が英国のChris Whittyに相当するコミュニケーターとしての役割を果たしたのではないか」と付け加えました。ユン座長は「日英において一貫した発信者の存在が重要であったことは間違いないが、英国においては感染リスクを高める状況やその予防のために必要な行動といった具体的なメッセージは当初あまり明確にはされておらず、一方日本ではそうした具体的な情報がかなり早い段階から発信されていたようだ」とまとめました。

マルホランド氏からはオーストラリアのリスクコミュニケーションの状況について、「オーストラリアや米国などの連邦制の国ではしばしば州政府が流行対策において連邦政府よりも強いリーダーシップを発揮するが、そうした各政府による政策が互いに一致していなかったり、あるいは頻繁に変わったりし、また連邦政府の政策も同様に次々と変化するという状況が起こると、人々は容易に信頼を失う。その点で英国や日本において少数の公衆衛生のリーダーにより一貫してメッセージが伝えられたということは意義が大きかったと思うが、政治体制の違いでオーストラリア、そしておそらく米国ではそうしたことは可能ではなかった」とコメントしました。またサヨ氏からはフィリピンでの取り組みとして、「フェイクニュースは流行当初より問題とされていたが現在は少し状況が改善している。保健省によってインフォグラフィックを用いた一般向けの情報提供サイトが設置されたり、短期講座や住民向けの説明会が実施されるなど様々な取り組みとその改善が進んでいる」という紹介がなされました。

パンデミックの終わりはいつ来るのか

 続いて有吉座長から「このパンデミックはいつ終わりを迎えるだろうか。もちろん何を以て『終わり』と考えるかは様々であるし誰にも正確な答えはわからないと思うが、個人的な考えや展望を聞きたい」という投げかけがなされました。押谷氏はこれに対して「本当の意味でのパンデミックの終わりはまだまだ遠く、またその道のりも険しいものだ。特に日本ではいまだにオミクロン株による多数の感染が発生しており、またオミクロンの亜系統にあたるBA.2や、その他将来出現するかもしれない新たな変異株が及ぼす影響については予測ができない。より流行しやすくかつ重症度の高い変異株の出現の可能性など、我々は最悪の事態に備えておく必要がある」と慎重な姿勢を示しました。続いてエドモンズ氏は「英国はいくつかの点でパンデミック以前の生活様式が復活しつつあるといえるかもしれないが、我々の状況は2年前とは決定的に変わっている。英国を含む多くの国において既に人口の大部分がワクチン接種あるいは自然感染による免疫を得ており、この集団免疫獲得という点において我々はパンデミックの大きな『第一の波』をくぐり抜けた」と述べ、一方で今後の懸念として、オミクロンのような更なる免疫逃避性を持つ変異株の出現、社会活動の復帰がさらに進むことに伴う感染拡大、長期的な免疫減衰の可能性の3点を挙げた。翻って、日本を含む初期の流行抑制において大きな成功を収めた一部の国においては自然感染による人口内の免疫の累積が少ないため、今後も一定の期間は苦戦が続くかもしれないとコメントしました。

ワクチン接種と自然感染の双方によって成立した集団免疫に関して、マルホランド氏は「そうした社会においてはワクチンと自然感染の両方を経験した人も多くなるが、こうした『複合的』免疫はより広範囲の変異株に対して効果を示すという研究がある。その意味で(結果的にそういう状況となった国にとっては)これは悪いことではないかもしれない。しかし様々な種類の免疫が長期的にどう減衰していくかについては今後も注視する必要がある」と述べました。続いてワクチン接種が遅れ感染が既に広がっている地域について「たとえばアフリカにおいて、都市圏から離れた地域に住む人々は現在も自然感染を経験していない人が多い。また既感染者へのワクチン接種によってより有効な免疫を獲得できることもわかっている」と引き続き接種を進める意義は大きいと語り、今後の見通しに関しては「HIVが発見された時も私たちは『このパンデミックはいつ終わるだろうか』という話をしていた。今回のパンデミックも私たちが思っているようには終わらないのではないか。人々が感染を繰り返しながら少しずつ免疫を獲得し、ウイルスは人口に残り続ける一方で脅威度は世代を経るごとに小さくなっていくと思う」とコメントしました。

最後に今中氏より「当たるかどうかの予測ではなく、今後の方針を考える上での想定として少なくとも数年間は流行が続く可能性を見据えて教育や社会経済活動を維持する方法を考える必要がある」という指摘がなされました。

ポストコロナ時代の高齢者医療

 ユン座長より「高齢者への医療について、特にある種のトリアージ的な措置が必要とされることもあったCOVID-19流行を経て、医療介入や終末期ケアのあり方に対する人々の意見や医学的な考え方は変わったか」という問題提起がありました。押谷氏は「オミクロン流行下における高齢感染者の死亡は必ずしもCOVID-19を直接の原因とするものではなく、感染に伴って併存疾患の状態が悪化したことで亡くなったり、あるいは感染とは独立した原因で亡くなる人も現在では見られる。COVID-19によって高齢者の健康と生命が損なわれていることは事実だが、一方で高齢者施設で暮らす人々を中心とした積極的延命治療を望まない人も多く、実際に死亡者のうち半数程度を占めている」と日本の現状を共有するとともに、「この問題はCOVID-19以前から存在していた、ただこれまではオープンに議論される機会が少なかった。COVID-19によってその問題が改めて浮き彫りになったということだ」と付け加えました。

今後のパンデミック到来に向けて

 今後のCOVID-19流行、および将来の新たな感染症流行の発生にどのように備えていくかという有吉座長の問いかけに対し、エドモンズ氏は「英国ではサーベイランス体制の縮小が進んでいるが、このままパンデミック以前の不十分な体勢にまで逆戻りせずに適切なレベルを保つこと、またCOVID-19だけでなく複数の呼吸器感染症を同時に検査できるようにすることが重要だ」と述べ、併せてより効果範囲の広いワクチンの開発や、治療薬の開発および流通の改善を重要な課題として挙げました。押谷氏は「COVID-19はもちろんのこと、今後起こるであろう別の病原体による新たなパンデミックにも備える必要がある。特に差し迫った脅威として、新型インフルエンザの発生はいつでも起こりうる」とした上で、「これまでSARS・MERS・H1N1インフルエンザ・エボラなど、世界的な感染症流行あるいはそれにつながりうる局地流行は常に起こっていたが、世界各国は現在のようなパンデミックの発生に十分備えられていなかった。またWHOを初めとする国際協調の仕組みもCOVID-19において期待していたほどうまく機能しなかった。今こそパンデミックの脅威に強い社会の構築について真剣に考えなくてはならない」とコメントしました。今中氏は感染症流行だけでなく自然災害一般の文脈における健康危機管理について「国・自治体・医療機関・保健所・学術界・一般市民など様々なステークホルダーの間の分野横断的な協力体制を再構築する必要がある。危機的事態においてこうした体制が上手く働くためには平時において協力関係を築いておくことが非常に大事だ」と述べ、特に学術界における今回のパンデミックからの学びについて「医療だけではなく経済学・社会学的側面からの影響への考慮が必要だった。そのための学際的な協力が十分になされていなかったことは今後の課題だ」と話しました。マルホランド氏は「これまでの重大な変異株の多くがワクチン接種や感染対策の不十分な途上国において発生したことから分かる通り、これは結局国際社会における健康格差および経済格差の問題である。国際社会は極めて不安定かつ不平等であり、またこのパンデミックにおいて経済格差がさらに拡大した側面もある。WHOは確かにこの20年ほど弱体化を続けており今回の流行においても課題を露呈したが、将来的に(今回は上手くいかなかった)国際協調を実現するためには、天然痘撲滅を達成した時のようにWHOが本来果たしうる役割を再認識し、その実現と強化のための支援を各国で行っていく必要がある」と語りました。サヨ氏はフィリピンの医療現場の視点に基づき、治療内容やケアの質の病院間格差の是正やおよび公的医療機関の困難な財政状況の改善を実現するため、より良い政府戦略が示されるべきだと話しました。

流行が拡げた社会経済的格差

 最後の質問としてユン座長は「パンデミックの問題は健康の問題だけではなく、格差の問題でありお金の問題でもある。既に各国に存在している大きな経済的格差をCOVID-19はさらに拡げた。たとえば英国において学校閉鎖による教育機会の喪失は経済的に恵まれない子どもたちに最も大きく影響を与えた。それぞれの国においてCOVID-19の直接の影響だけでなく、他の健康問題や社会経済的問題 についての対応はどうなっているか」と問いました。これに対してサヨ氏は「長いロックダウンに伴い経済活動は大きく影響を受けており、今なお完全に感染への警戒態勢が解除されているわけではないものの、今後さらに規制の解除を進め経済の再興を目指すための模索が続いている」と答えました。押谷氏は日本の格差の状況について「日本の格差はたとえば英国と比べて相対的に小さいと言えるかもしれないが、近年格差拡大は進行している。こうした格差の問題はどの国もCOVID-19出現以前から抱えている問題であるが、パンデミックによって改めて顕在化したこうした問題を解決していくことが今後の危機管理にとって重要である」と述べました。今中氏も重ねて、「教育の場や高齢者層におけるデジタル格差の問題が改めて浮き彫りにされた。こうしたCOVID-19流行下における影響を見直すことで我々の抱える課題を認識し、社会をより良くしていくことができる」と話しました。マルホランド氏は「オーストラリアにおいては逆に、厳しい流行対策が急激に(いわゆる『手のひら返し的に』)緩和されすぎたことにより2022年に多くの死者が発生しており、これは政治的失敗であった」と述べた。

現在、そして未来を考える

 有吉座長は「我々の用意した議題は1時間程度で語り切るにはあまりにも大きな問題ばかりだったが、我々が置かれている現在と未来の状況とそれに対してどう立ち向かっていくべきかについて新しいアイデアやより良い理解を提供できたのではないかと思う」と述べ、ディスカッションを締めくくりました。

 

 

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